がん手術後84歳知人が逝去、手術しなければと悔やまれる

「84歳にもなって、どうしてこんなにきれいで、お若いのか?髪は豊かで色白で、明眸皓歯、、絵に描いたような美人で性格もいいから神様は不公平だ」と私は会うたびに思ったものです。

噂によれば大金持ちの資産家で亡き夫は某国から勲章を授与されたエリートとか。
誰が聞いても羨ましい限りで陰口の二つや三つあっても不思議はないのに、全くと言うほどないのです。逆に聞こえてくるのは「気軽に相談に乗ってくれる」「偉ぶらずいつも笑顔で誰にでも優しい」という賞賛の声ばかりです。
一人暮らしが切なくなったら常住しようと10数年前に購入した「中銀ライフケアマンション来宮」でのことです。たまにしかいかない私にも気楽に声をかけて下さる方でした。

最後にお目にかかったのは熱海駅行きのリムジンバスの中です。
「どうもガンらしのよ。先生から子どもたちを呼ぶように言われて」と。
私は「何もしないのがいいのよ。80を越えたらがんが先か寿命が先かでしょう。切ったり張ったり痛いおもいをして死ぬなんてやめて下さい」と、心から訴えて別れました。
それから1か月してケアマンションに行ったら、彼女の訃報を耳にしました。話に聞けば、手術後に亡くなったとのこと。「明日、食堂でお別れ会をします」の哀しいお知らせに、私は言葉を失いました。悔しくて無念でなりません。

周辺の人たちが、私の父も兄も姉も、友人の母上も親友も、あの人も、ほらあの人も、沢山の人が、がんと闘い亡くなっています。手術をすれば助かると信じ辛い治療に堪えに堪えてお金も一杯使って死んでしまいました。
それは結果論であって、医者も患者も生きるため命を賭けて闘ったとは勿論理解しています。
でも、何もしない、がんと共存していく闘い方もあったのではないか、今のあるがままの生活を維持しながら。

昨日、77歳男性の肺がんについて意見を聞かれました。
「私だったら」とお断りした上で、「私なら治療はしません。歳も平均寿命に近いですし、いつお迎えがきてもおかしくない年齢ですから。今のうちに芝居を観たり旅に出たり美味しいものを食べまくるなど残り時間を有効に使いたいです」と、答えました。
治療をするもしないも熟考した結果の最終決断です。この決定がベストだと信じて、振り向かずに生きていきたい。

果たして私はできるのか?偉そうに言えるのは心配ない今だけかも?その時がきたら多分「死にたくな~い、たすけて~」と泣き叫ぶかも?
人間らしくていいじゃないのよ、と涙を拭って私は自分を褒めてあげよう!

84歳で逝った美しい人よ、ご冥福を心からお祈りいたします。

 

がん手術後84歳知人が逝去、手術しなければと悔やまれる」への2件のフィードバック

  1. N・Y

    平等に訪れる死に対して、人は様々な受け入れ方をします。助言を求められたとき、どのような話が
    求められているのか、その方がどんな選択と決定をされるのか・・・考えています。
    私は、どんな終わり方でも「おかあさんらしかったねぇ~」と子供たちに言わせようと思います(笑)

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    1. 野原すみれ 投稿作成者

      いつもご意見をありがとうごいます。お優しいですね。私は常に自分だったらどうしたいかを参考意見として伝えたうえで、あなたの決断がベストだと信じて闘ってね。元気になったら海外旅行に行こうね。と励ましてきました。私の時にもぜひ同じように言ってね。

      返信

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