人恋しき秋の夕暮、あの人は今どこに?

このところの不快さといったら生れて初と言いたいほど次から次へ更なる次えと、痛い所が出てくるのです。体に引っ張られて心も憂鬱の最高峰?

『こういう時こそ楽しいこと最優先で遊びまくればいいのよ、食べたいものを食べ、会いたい人に会い、行きたい所に行けばよろしい。』
とは思えども、あちこち不具合だと「その気にならないから困る」と、友に愚痴れば「その気にならないなんて、ウソ八百よ。猿之助も観に行って宝塚にも行って、噂によれば叡山にも上ったとか、雨で寒くて震えていりゃあ、そりゃあ具合悪くて当たり前だと思いますけど?」と思いっきり嫌味を言われました。
「そんな昔のこととは無縁です」と開き直ってますがこの不愉快さを治す方法はないものか。

亡き母が「季節の変わり目は調子が悪くなるものです。体が慣れるまで待っていれば元に戻るから」とよく言ってたと思えど、だからといって気分は変わりません。
一体どこがどうなのよ?と問われて社会の一大事のごとく話すのもなんですが、先ず、目が痛くて開いていられないほど。丸3日間は見ず読まず。続いて歯が痛くなり美味しく食事がとれない。首も肩も凝り固まって頻回ににマッサージに通い、たっぷり入浴すれど改善されない。
実に不快この上ないのです。「まあ、お気の毒に」。
亡き母の言葉とうり季節の変わり目のいたずらなのでしょう。
そういえば母は「あたしの膝が痛み出すと冬になるんだよ。これがよく当たってね」ともいっていました。
何故か不安気なことがあると母の顔がちらちらするのは、いい年した娘にもある母親依存症か。

家の前の桜並木がすっかり紅葉しました。並木の上の白い雲が夕日を浴びて茜色に染まっています。美しい!しばし、体調不良を忘れて見入りました。
冬の季節はすぐそこに、人生の冬も一緒に近づいている、もの悲しい。
「秋の日のヴィオロンの、ためいきの、ひたぶるに、、、、」
が口をついて出ます。この後はどう続くの?うう~ん、思い出せない。
森が一番美しいときに「君と腕を組んで歩きたい」と誘ってくれたあの人は、もういない。夢にも現われない。
夕日の残照も消えました。秋の夕暮れは一瞬のうちに去っていきます。人生と同じように。
ヴォードレールの詩は堀口大学訳
「秋の日の ヴィオロンの ためいきの ひたぶるに 身にしみてうら悲し。鐘のおとに胸ふさぎ 色かえて涙ぐむ 過ぎし日のおもいでや。げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなくとび 散らふ落葉か。」

忘れてたお目目が痛くなりました、歯も首も背中も、現実はかくのごときもの。
身にしみて 涙ぐみ うら悲し。

 

人恋しき秋の夕暮、あの人は今どこに?」への1件のフィードバック

  1. N・Y

    体調不良なのですね↘大好きなものも歯が痛ければ美味しくいただけない・・
    観劇も目が痛ければ・・全く困りましたぁ~
    心まで弱らないようにしなくては!!明けない夜はないぞ~

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