明日香村の甘樫の丘で、お酒をそそいでくれたその人は。

今宵は心待ちしていた仲秋の名月です。
なのに、小雨混じりの曇天とは「攣れなくやるせないなあ」と空を仰ぎため息をついてます。
加えて更なるため息は
「名月をご一緒に見ましょう、美味しいものでも食べながら」
と、唯のひとりからも誘いがないことにハラを立て、全くもってけしからん!と怒り、またため息を一つ。

「月づきに月みる月はかずあれど月みる月はこの月の月」
と教えてくれたのは誰だったか。この頃になると不思議に思いだし得意になって誰彼かまわず口にしてます。また、「月の光は女性を美しくし男性をオオカミにする」とも。
現職当時に朝の会でこの話をしたところ、「施設長、あぶないすよ、マジで。オオカミぽいのがうじゃうじゃいるんすから」
とうれしそうに男性職員が伝えてくれたたものです。

古い話で恐縮ですが30年余も昔。
奈良は明日香村の「甘樫の丘で名月を観る会」に参加した時のことです。昼は村の名所旧跡、万葉故地を万葉歌を朗唱しつつ、石舞台、橘寺、飛鳥寺その他の古代遺跡を巡り、夕闇迫る頃にぼんぼりが灯された参道を登り頂上に出ました。酒船石で頂いた青竹入りの笹酒を酌み交わしつつ月の出を待つのです。
「いっぱいどうぞ」と竹筒から笹酒を注いで下さった方は、髙松塚古墳を発掘し日本中を驚嘆させた網干善教関西大学教授です。発掘焼けした褐色のお顔がニッコリと笑っていました。
そして、清々しく朗々と万葉歌を朗詠しその世界に誘うその人は万葉学者の犬養孝先生です。こんな贅沢なことをと思う度に幸せで胸がふるえます。

やがて、山並みが明るみ月が顔を覗かせます。黄金色の月はぐんぐんと豊かに広がり大きな満月となりました。その滴は飛び散り見るものすべてを黄金色に輝やかせるのです。陶然として私は夢まぼろしの中。
お二人の先生は他界されて久しく私もまた十分に年を重ねました。あの夜を超える名月の宵はもうあるまいと思いつつ、もう一度、甘樫の丘で黄金の月が降り注ぐ光に包まれたいと願っています。

晴れそうにない雨空を眺めながら、そうだ、来年の今月今夜のこの月の夜は奈良に行こう。甘樫の丘が無理なら当麻寺か、法隆寺か、はたまた二上山に眠る大津皇子の御陵に上る月を目にしたいもの。何も誘われるのを待つことはないのです。

残された時を楽しく明るく朗らかに、自分勝手で我儘に生きよう!「いいですなあ、それでこそすみれさんの真骨頂」と誰かさんがつぶやいてます。

月のない小雨ふる仲秋の夜もなかなかよきものです。

 

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