31年前、超高齢化社会がやって来るとマスコミが大騒ぎ!

そうなのですよ!
高齢化社会をよくする虹の仲間は、開けても暮れても毎日のように「世界に例を見ない大変な超高齢化社会がやってくる」とマスコミが大騒ぎしたことがきっかけで発足したのです。
「まるで長生きするな」と言わんばかりの連日の報道にハラを立てた佐渡友順子(虹の仲間代表)と私(運営委員長)が「冗談じゃない、長生きしてよかった、お年寄りのお蔭で住みよい社会になったね。と言わせようじゃないの」と、意気投合し奮起したのが始まりです。佐渡友39歳、私が45歳の時です。
忘れもしません。いまでこそ青葉台駅前には東急プラザが立派に建っていますが、当時はまだ広大な青空駐車場。その片隅にあった東急電鉄事務所の会議室を借りて発足集会をしました。土間で石炭ストーブがゴウゴウと音を立てていたことを覚えています。

二人のそれぞれの友人たちに「安心して暮らせる地域社会のために」と声をかけ一人一人が1000円を出資し、その資金でチラシを作り「いらして」「来て来て」と呼びかけたのです。
1983年1月28日午前10時のことです。68名の人が参加して下さいました。そして、
「私たちは生ある限り、老いても生涯をもって死を迎えるその時まで、人としての誇りを失わず、充実した日々を過ごせるよう、互いに助け合い支え合える仲間づくり、地域づくりを進めよう」
と話し合い、学習会、講演会、見学会などさまざまな催事を繰り返し行いながら長年にわたり交流を深めて来たのです。

最大の成果は普通の主婦がいろんな人と関わることで社会に目を向け、常に自らを客観視する習慣が身についたことです。人生の危機に直面しても、うろたえず慌てず冷静に対応出来るようなり、それはそのまま介護予防、ことに脳の活性化が認知症予防に繋がっていきました。

趣味のサークルも10を数え、毎月(合併号あり)会報「虹のたより」の発行、毎月開催の運営委員会、セミナーなどの活動。
そして、30年余が経過した今しみじみと思うことはいつでも、何処にいても「何かあったら虹の仲間が助けてくれる」というかけがいのない信頼と安心感です。
当初の目的であった自由に集まれる「虹の仲間の家」は実現できていませんが、北海道には「虹の仲間の森」があり私たちがこの世をさっても次世代の人たちに多くの恵みを与えてくれることでしょう。

1988年に横浜市募集の「高齢化社会を考える意見論文」に会を代表して応募したところ幸運にも市長賞、特別賞を受賞しました。
私は終わりに「虹の仲間たちみんなの活動がやがては人間の英知を集め、柔軟な感覚と行動を生み、世論を動かし、老いの問題を暗から明に変える虹になると確信してます」と結んでいます。
そうです。喧々諤々と井戸端会議を発展させ、社会に飛び出し、口角あわを飛ばしながら輝く仲間に成長したのです。

これからもずうっと今のように生きよう。死を迎えるその日まで。

 

31年前、超高齢化社会がやって来るとマスコミが大騒ぎ!」への2件のフィードバック

  1. N・Y

    三井さん・佐渡友さん
    虹の仲間をけん引されていらした機動力は、「素晴らしい」の一言に尽きます。
    メンバーの皆さんが、ご自身のアクシデントに、しっかり向き合い乗り越えていかれる姿を目の当たりにするとき、私は自分の生き方をみつめます。生きてきた時間・生きている今・生きてゆく未来・善く生きたいと
    願っています。いつもありがとうございます。

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  2. 野原すみれ 投稿作成者

    共感のお言葉をありがとうございます。胸がキュウンとなりました。うれしいです。幸せです。感動しました。心から感謝申し上げます。今後ともよろしくおねがいします。  私はパソコンが苦手でさーっとお返事することができませんがお許しください。本当にありがとうございました。

    返信

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